人の噂も七十五日、というのは本当らしい。まだ七十五日も経っていないのに、あれだけ騒ぎ立てられたナチス衣装問題は、すっかり収束していた。
意図せず矢面に立たされた莉奈と一通り話したあと、私は気分転換がしたくてホールを出た。本日限定の臨時ICカードを握り、向かった先は六本木だった。
東京ミッドタウンタワー。六本木の真ん中に立つ、やたらと立派な箱だ。
12階から上には、私たちがお世話になっているソニーミュージックグループのオフィスが入っている。メインの運営は市ヶ谷のSeed&Flower社だけれど、今日は新企画の打ち合わせで、こちらに呼ばれていた。
社員専用のカフェ兼休憩室に通される。内装は妙に洗練されていて、落ち着かない。
定時を過ぎたフロアは薄暗く、ガラスの向こうに東京の灯りだけが広がっていた。
夜の10時近くで、カフェスペースは静まり返っていた。そんな中、一人の後ろ姿が見えた。社員の制服めいた気配がない。
今度はコンタクトを入れている。見間違えない。
会いたくないやつが座っていた。そいつが振り返り、目が合う。空気が固まった。
(最悪……)
向こうが逸らさなかった。だから私も、逸らせなくなった。
拒む気配はない。むしろ、それが厄介だった。
こいつ––––志田と、またもや鉢合わせになってしまった。あのクローゼット事件以降、気まずいままだ。
志田は黒いパーカーを着ていた。こいつはパーカーが似合いすぎる。たぶん、メンバーの誰よりも板についている。
私は突っ立ったまま、何もできずにいた。境界線を越える自信がない。諦めてカフェスペースを去ろうとした、そのとき––––志田が何も言わず、ソファの端へ身を詰めた。
私も––––何も言わず、空いたスペースに腰を下ろした。
目の前はガラス張りで、夜景がそのまま広がっている。夜空には三日月が浮かび、月暈も霞むほどイルミネーションが街を眩く照らしていた。
もう一ヶ月で、今年も終わる。