ねるの目線が下がっていく。いきなりしゃがみこんだかと思うと、膝立ちになって、そそり立つ分身に顔を寄せてきたのだ。
彼女は分身を凝視しながら舌舐めずりしている。私はねるの掴めない動向を知りたくて見つめていると、ちゅぱっちゅぱっとわざとらしく音を立てて吸うようなキスを投げてきた。
「な、にしてる……の? やだ……汚いよ……」
「汚くなんかないよ」
舌を伸ばして張り詰めてる先端に到達するとチロチロと舐め回し、上目遣いで私の反応を愉しんでいた。ここから見えるアングルはとても煽情的でゾクリと快感が背中を駆け上る。
彼女のチャームポイントである垂れ目が情慾で光っていた。
嗚呼、我が分身は敵に拷問を受けている。
絶対に降参するものか––––。
お尻に力を入れて射精を堪える。せめてのねるに対する反抗心、そして梨加ちゃんに対する貞操心だ。
罪悪感と快感の双方に苛まれつつ、耐える。
「あ、ほくろある! あはは!」
どうやら自分の見えないところ、根元にほくろがあるようだった。そして、ほくろにちゅっとキスを投げてきて、私はひゃんっと情けない声を漏らしてしまった。
「あははっ、てちってさ凄く可愛い声出すんだ? やばーい、かわいー」
まだ幼顔にどこか色気を漂わせているねるは、分身を握りしめながら蠱惑的に微笑んだ。
挑発的にぴちゃぴちゃと音を立てて分身に舌を這わせている。息を整えるのも困難になってきた。
隅々まで丁寧に舐め回した次の瞬間、ねるの口にスッポリと吸い込まれるように咥えられる。分身全体が温かな口腔の粘膜に包まれた。
ねっとりした壁に絞りあげられ、舌が私の先端を責めている。堪えがたい快感に私は悩ましい声を堪えることはできなかった。
「うっ! はあぁぁ、ん……」
これまでのセックスは梨加ちゃんの身体に私自身を打ち付けるだけの行為だった。梨加ちゃんから愛撫されたことなぞなかった。だから、男が女を満足にさせるために色々と頑張るのがセックスだと思っていた。それが手淫すらされたことなかったのに、口淫までされている––––。
男性器の扱いを熟知しているかのような舌使いに私は身体をよじらせずにはいられなかった。
もう分身が白旗を上げる準備しか思い浮かばなくなってしまった。そこにはかつての勇敢な姿はもはやない。
息を飲み、身体を硬直させていた私はすぐに快感に翻弄されはじめたのだ。快感を堪えながら顔を歪ませ、涙声で訴える。
「もう……イきちゃいそうだよぉ」
降参した。これで全てが終わる。そう思っていた。
一段と口淫を激しくしてきた。ねるが顔ごと上下させながらのストロークで扱かれ、じゅぶじゅぶと卑猥な水音を響かせている。情熱的な口淫に思わず私は悲鳴のような嬌声をあげた。
「ひぃっ! い、イクッ!」
立っていることもできなくなった私は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。その拍子に分身がねるの口から離れたがそれも束の間で、逃すまいとぎゅっと握って、それから上下に摩擦を開始した。激しい愛撫に経験が浅い私が堪えられるはずもなかった。ねるにしがみつき、精液を思い切りしぶかせた。
最後の一滴まで出し切るとぐったりと床に身を投げた。
真っ白な世界に私はいた。何も考えられなかった。
梨加ちゃんへの罪悪感? ねるへの恨めしい感情?
ただ、射精した気持ち良さだけが残った。
真っ白な世界からようやく現実に戻ってくると、私の精液で塗れているねるの顔が目に入った。梨加ちゃんの美しい顔にかけたことすらないのに、可愛い顔にぶちまけるなんて。
ただでさえ申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、妙に色っぽい顔と、その顔にかかっている白い液体もあいまって、よけい性的興奮を掻き立たせる。ねるは嫌な顔をひとつも見せず、ニコッと笑って垂れてくる私の精液を舌で舐めとった。淡白な梨加ちゃんとは相反的に蠱惑な彼女に心臓が慄えるようにときめいた。
(そんな……私の精子を味わってくれている……)
「風呂に入らなきゃ」
ねるは立ち上がって椅子の上に置いてあるバスタオルを取ろうとすると、スペアキーと本が落ちた。その本には見覚えがあった。本屋に入れば目にしたことはある、緑色一面の特徴的な装丁だった。
「ノルウェイの森」
ねるは続けた。
「僕が色んな女と体を重ねる物語だよ」
私はねるから分身に目を移した。俯いているその様に高尚さはなく、欲望に翻弄された情けない姿そのものだった。
ねるとは一線を超えることは免れた。背負うはずの罪悪感が有耶無耶になったことに安堵を覚える、はずだった。どうして、私はこうも物足りなく感じてしまっているのだろうか。
その日を境に、平手友梨奈の人生は大きく変わった。
頭では「早く忘れるべき出来事」としか思えなかったのに、身体が快感を覚えていた。忘れようとしても、口淫の魔力に凄く惹かれていたというのも事実だった。
梨加と一緒にデートしても、ソファにくつろいで恋人のひと時を過ごしても、セックスしても。頭の片隅ではねるの口淫という鮮明な記憶がチラついていた。なんて不潔、と思っていたがやめられない––––。