デビューを機に色んな仕事が舞い込んだ。中でも、ある大きな仕事に追われていた。
 6、7月はセカンドシングル『世界には愛しかない』が主題歌に起用されているドラマ『徳山大五郎を誰が殺したか?』の撮影三昧ざんまいだった。深夜放送のアイドルドラマとはいえ、初めてのドラマに私たちは精が入る。
 1ヶ月間のワークショップでみっちりしごかれたお陰か、順調に撮影が進んだ。台本の表紙にある数字も着々と更新していく。きついと音をあげる者もいたが、私は楽しんでいた。

 ドラマの見所はたくさんあれど、中でも特にファンの間で話題になっているものがある。それは、渡邊と長濱の二人だった。二人の配役は普通の友情を超えた関係を築いているかのような、いわゆる百合ポジションだった。二人とも演技ではあれど、自然に映えてしまって何故か私の中で胸騒ぎを覚えた。
 不意にねるの唇の感触が私の唇によみがる。

(駄目だ、忘れるんだ。ねるは気まぐれな上、人たらしだからあれも単なるおふざけに過ぎないんだ)

 唇の記憶を振り払うように頭を振ったところで、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。自分の意思とは関係なしにドキンと脈打つ心臓の音をいた。

「てちー!」

 少し九州なまりのある調子で私の名を呼ぶ。

(せっかく人が忘れようとしてんのに)

 私がねるを突き飛ばしたあの日以来、気まずい関係が続くかもしれないと悩んだのだが、それは全くの杞憂きゆうだった。いや、逆に悩みの種をはらんでしまっているのかもしれない。
 ねるはこのように、わるびれた様子もなく普通に接して来ている。私の恋人がいる前でもだ。
 この人は本当に魔性な人間だなと思った。スタッフも彼女に魅入られて追っかけたのだと思うと納得がいくのであった。

 助けを求めようと、私の恋人を探した。梨加ちゃんを見つけるのに時間はかからなかった。織田と楽しそうにはしゃいでいたからだ。助けを求める私の眼に嫉妬の色が広がっていく。

「ぺーお嬢ちゃん……君をさらいにダニー伯爵はくしゃくが参りましたよ」

 ドラマで使われる小道具を身につけて、ドラキュラらしき姿に変身した織田が襲う振りをして梨加ちゃんに迫っている。いつもの妄想劇場を実現しているだけのことだけど、人前では私を拒否するくせに、織田には笑顔で応えている恋人に苛立った。

「きゃー! 壁ドンして」

 そんな私の恋人は織田の幼稚な芝居に対して、嬉しそうに飛び跳ねたりしているではないか。思わず「はぁ?」と声に出した。梨加ちゃんの嬉しそうな顔、他の人には見せて欲しくなかった。潜めていたジェラシーが燃え上がる。

「なんだよーてちがいるくせにー! ほ、ほら、恋人にしてもらえよー」

 私の鋭い視線に気付いた織田が気まずそうにチラチラとこちらをうかがいつつ、私の元へ行かせるべく梨加ちゃんをかした。しかし、梨加ちゃんは織田にくっついたまま離れない。

「あははは」

 梨加ちゃんは事もあろうに、織田に抱きついたのだ。恋人の私がいながらだ。

「な、なんだよ。プロレスか!? 元気ですかぁー!?」

 フォローのつもりだろうか、機転をきかせた織田は猪木の物真似を見せているものの、声は上ずっていた。梨加ちゃんは無邪気な子供みたいに、純粋に即興そっきょうネタに爆笑している。

(梨加ちゃん、分かってる? 織田も私と一緒、フタナリなんだよ?)

「仲良いね~! 私たちもだけど」

 チラリと後ろを向くと、ねるがベロを出しながらウィンクしてみせていた。彼女のあざとい仕草に私はえて冷ややかな視線を送る。そんな素振り誰にも見せてるくせにそう簡単に揺らぐものか、と意地を張った。

 状況が一向に変化しないまま二人の茶番劇を見せられている中、織田と梨加ちゃんの元に志田が歩いて来たかと思うと、強引に二人を引き剥がした。そして、志田は親指で私の方を指した。

「ぺぇ。ぽてちが悲しい顔してるよ、行ったげな」

 ハッとした梨加ちゃんは振り返って私を確認する。その後ろで織田が謝るようなジェスチャーを取っている。私はなんだかみじめな気がして、後ろから抱きしめているねるの腕を振りほどき、涙がにじんでくる前に教室を飛び出した。

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