日が暮れるまで撮影は続き、時計の針が進むにつれてメンバーたちの荷物が徐々に減っていく。最終的に残ったのは私ともう一人の荷物だった。
もう一人はこの後、撮影が残っていた。今日の撮影が終わった私はカバンを取り、挨拶をしに教室へ向かう。
教室のドアを開けると、窓から差し込むオレンジ色の夕日に染め上げられている教室が目に入った。均等に並べられている机と椅子。メンバーたちの年相応な落書きで埋まっている黒板。欅坂46に入ってからしばらく見なかった懐かしい光景だ。
一つだけ、風になびいている白いカーテンの下で、机にうつ伏せになっている姿が見えた。ネイビー色のカーディガン。私たちメンバーの中で唯一異なる衣装。あの人しかいなかった。私は彼女の元へ足を進ませる。
夕日がねるの寝顔を照らしている。その姿が一つの作品に見えて思わず写真に収めたくなるほど、魅力的だった。
すやすやと寝息を立てているねるの唇を凝視する。梨加ちゃんとは違い、色味が薄く、口紅を塗らないと肌と同化してしまいそうな唇をしていた。
私にとってねるの存在は大きかった。特別な存在でもある。しかし、それは良きライバルとしてであり、それ以上でもそれ以下でもない。
私は黒板の無数の落書きの中で、端っこにある相合傘を見つけた。その相合傘には私と梨加ちゃんの名前があり、その隣にはアオコが添えるように描いてあった。これは間違いなく恋人の字であり、私に対する愛の誓いなのだ。胸が熱くなるのを覚えた。
(ねる、ごめんね。私には梨加ちゃんがいるんだ)
教室の床に映るひとつの影がゆっくりと、もうひとつの影に近づいて、重なった。
ねるの顔からゆっくりと離れる。これは私の純情をおちょくった仕返し。そして、最後のキスだ。
ねるの寝顔がほんの少し赤くなった気がした。窓の外を見ると、夕日はゆっくりと地平線に近づいて、オレンジ色から茜色へと変わりつつあった。
私は無防備な唇を見つめつつ、不敵な笑みを口許に浮かべて呟いた。
「ざまみろ」
日が沈む前に静かに教室を後にした。