「ねるっ!」
ねるは施設内の自動販売機の取り出し口から、ペットボトルを取り出しているところだった。私の声にギョッとしたのか、ペットボトルを取り出したまま一拍の間、固まっていた。ラベルはお茶だった。
ねるは私を見るないや、赤い目を再び潤ませた。
「てちぃ~」
私たちは駆け寄り、抱きしめあった。
「私、やばいかも」
「うんうん」
「この気持ちどう伝えたら良いかわかんない」
ぐしゃぐしゃに泣いているねるの唇が糸を弾きながら動く。可愛い子はぐしゃぐしゃに泣いても可愛いんだなぁと思った。私まで涙がこみ上げてくる。
「怖い? 辛い? 不安?」
ねるは唇を歪めて、ぎゅっと目を瞑り、涙を飛び散らせながら答えた。
「嬉しいっ!」
「私だって!」
喜びを隠しきれず、ねるの頭をぐしゃぐしゃに撫でると、乱れた髪の毛から覗かせた瞳は瞑っていて涙を零している。続いて「へへへ」と白い歯があらわれた。
(ああ、ねる。私も、この気持ちどう伝えたら良いか分からないくらい、溢れているよ)
私の胸の中で無数のカラフルなスーパーボールが弾みまくっているように、喜びで心踊っていた。
さきほどの梨加ちゃんの消極的な反応で凹んでいたのをすっかり忘れたように、元気を取り戻していた私は、子供のようにはしゃいでいた。
「うん、私も嬉しいよ!」
「ううう~っ、もう、やばい! ぎゅーっとして!」
「はっは、もう抱きしめてるじゃん!」
「ん~っ」
私を抱きしめる腕に、力を入れてきた。私もねるに応えるように、もっと強く抱きしめ返した。激しいシンパシーを感じながら、お互いの隙間がなくなるくらい、埋め合う。
心細い私にとって、ねると一緒にステージに立てることは、最高の福音以外の何物でもなかった。
ねるとだったら、どんな困難にも立ち向かえそうな気がした。
共に戦える喜びを分かち合っていた私たちは、気がつくと、互いに見つめ合っていた。
ねるの泣き顔は可愛いというより、綺麗だった。しばらくねるの綺麗な泣き顔に見惚れていると––––。
ぷちゅっ
梨加ちゃんとはまた違った、リップ音がした。
さっきまで見惚れていた顔が至近距離にいる。衝撃のあまり正常に働かない脳がようやく「ねるにキスされた」と指令しだして、我にかえった私は彼女を突き放した。
「てち」
私がキスした相手は、梨加ちゃんではなく、ねるちゃん。恋人ではなく、仲間。
私は今、恋人以外の人とキスをしてしまったのだ。
踊っていた心が、今度はどよめき始める。
「ご、ごめん!」
しばしの間、言葉を失っていた私はとりあえず謝り、私をじっと見ているねるから顔を背け、逃げるようにその場を去った。
なぜ、さっき私にキスしたのか。
考えれば考えるほど、頭と気持ちの整理ができなくなる気がした。
忘れなきゃ。忘れなきゃ。
私は呪文のように繰り返しながら、行く当てもなく、歩く作業を続けるだけだった。
私の行く先は誰も知らない。そして、私も知らない––––。