「誰かさっきの授業中、悲鳴を聞いた人いない?」
由依の質問にメンバー皆が耳を傾ける中、ヘッドフォンをしている志田は気怠そうに返す。
「あぁ?」
それは気持ちのいい返事ではなかった。
「それ……外せよ!」
由依はドスの効いた声で言い返す。志田は気圧されたのか「こわっ」と捨て台詞を吐くと共にヘッドフォンを外した。
「カット! いい感じですよ!」
私たちはドラマ『徳山大五郎を誰が殺したか?』の撮影に追われている。
由依と志田は不仲の設定だった。正義感の強いヤンキーキャラの由依と、冷淡で影のフィクサーキャラの志田。二人ともイメージ的にも合っているし、なかなか映えている。
今作のドラマはメンバー個々の性格が反映された配役になっており、私は明るくてひょうきんな役だった。
今作の主人公、平手は天邪鬼な性格で大人の言うことを聞かずに自ら道を切り開いていく、まさに「サイレントマジョリティー」を体現した役であり、ドラマ関係者も私たちメンバーも惚れ惚れする演技を見せていた。監督やスタッフたち皆が彼女の演技に舌を巻いているのが見て取れる。
(てっこ、やっぱり凄いよ)
今作のドラマは平手と長濱と渡辺をはじめ、菅井や渡邉たちが重要な役を任されている中、私は“その他の一人”に入られた。皆、平等に台詞が用意されてあるのだがスポットライトの差は明確だ。
この扱いに不満を感じていたが、自分の将来の夢はアーティストであり女優ではない、と言い聞かせるしかなかった。
休憩に入り、撮影のプレッシャーから解放されて一息つく中で、渡辺の年不相応にはしゃぐ声が教室に響く。キャッキャッとはしゃぐ渡辺に、対応している織田。そんな二人を静かに見ている一人の少女の姿があった。
平手の遠くを見るような目に私の胸が痛む。その目はいつかの鋭さはなく、恋している目だった。そんな姿もまた絵になるのも平手の魅力とも言えよう。
(そんな目もするんだ、知りたくなかったよ)
渡辺を想っている平手を、私は想っているのだ。私がどんなに恋い焦がれた眼差しを向けたところで貴女には届かない。私の瞳に映る世界には貴女しかいないのと同じように、貴女の瞳が映す世界には渡辺しかいないのだから。この恋にもはや私がつけ入る隙はないのかと思うと、切なさで胸が掻き毟られる。
そんな平手の後ろから抱きしめているねるの厚かましさすら羨ましく思えた。
(あ、鋭くなった)
平手はいつしか織田といちゃついている梨加ちゃんを恨めしそうに見ていた。歌詞に憑依したときに見せる鋭さとはまた違った、ドス黒い感情がメラメラと瞳に宿っている。そしてどこか「こっち見てよ」と訴えている切ない感情も垣間見える。その瞳が微かに潤んでいるのを私は見逃さなかった。
高校3年生の配役に違和感のない容貌をしている彼女だが、今見せている表情はまぎれもなく淡い恋に焦がれて胸を苦しませる純情中学生そのものだった。
(私だったらてっこをほっとかないのになぁ)
私も平手と一緒に渡辺を恨めしそうに見ていると、志田が織田と渡辺の間に入って恋人の元へ行かせるように促していた。平手がたまらないような様子で教室を飛び出すと、梨加も追いかける形で教室を後にした。
(志田のやつ……)
私はがっかりしたのか、安心したのか、ひとつため息をついた。志田に文句を言いたいのか、それともナイスと言いたいのか。自分でもわからなかったが、そういう細やかなところに気付く彼女の意外性に敵ながらあっぱれ、とだけ褒めてやることにした。
そんなことよりも、二人とも今頃仲直りのキスをしているのだろうかと思うと胸が苦しくなるばかりであった。