「今、ゲームコーナーにいるんだけど」
菜々香は「その調子」と、しきりに首を縦に振っている。
「そうなんだ」
「その……来ない?」
菜々香はにやけながら、ナイスのサインを送ってきている。しかし。
レシーバーの向こうからは返事がない。今時の若者はゲームセンターのような娯楽施設には、興味が無いのだろうか。
(この時は、どうすればいいんだろう……)
菜々香に助けを求めようとしたが、やめた。
いつもならあっさりと退けちゃう私だが、好きな人のためにも変わらなきゃと決心した以上、最後までちゃんとしたかった。お姉ちゃんだって、かっこつけたい。
あとひと押し。ぎゅっと握りこぶしを作って、もう一度誘う、それだけの勇気を出して訊いてみた。
「プリクラがあって、一緒に撮りたい」
置かれている一台のプリクラ機を一瞥する。プリクラ機を華やかに飾るカーテンモデルは見当たらず、代わりにジェリーやダイヤモンドでデコレーションした、『小悪魔ageha』で見たような主張の激しい日本語ロゴがけばけばしく飾っていた。
目を大きくする機能も、足を長く見せる機能も、一切無しの“盛り詐欺”を働いてくれそうにない化石プリクラを見て、少し迷った。
「んー、ちょっと古いタイプだけど……どう?」
「……うッ」
やっとレシーバーから聞こえたのは、呻くような苦しそうな声だった。そののち、こほんこほんと、咳き込む声がした。
「友梨奈ちゃん? 大丈夫?」
「ん、ううん! 少し疲れたみたい!」
まるで、逃げるような早口で答えてきた。
(もしかして、具合が悪い?)
即座にそう思った。
私は人間観察とかそういうのは苦手だし趣味でもないけど、友梨奈は弱いところを見せたがらない高貴なところがあると感じる。ひょっとすると、体調が悪いのをひた隠しにしているのかもしれなかった。だからこそ、心配になる。
「なんか、買ってくる?」
「いや、いい! いい、大丈夫だから」
これでも一応、お姉ちゃんだからほっとけない。それが友梨奈の反抗心を起こさせるらしい(私は反抗期らしいものは経験してないのでわからないけど)。
その時の口癖が決まって、こうだった。
また子供扱いしてる––––
この言葉を言われるたびに、私は嬉しくなるのだった。しかし、今日はそのお決まり文句さえ飛んでこない。いよいよ、心配になってきた。
「でも、しんぱ……」
「ごめん、少し寝てから行く。ご飯には間に合うようにするから」
遮るように言われた。ほっといてほしい。そんな感じで言われると観念するしかない。
「ん、分かった……お大事に」
私はちょっぴり寂しい気持ちになって、通話を切ろうとしたその時だった。
菜々香が首を振って、なにかを伝えようとしている。訳が分からず首を傾げると、彼女は手でハートマークを作って口パクで言ってきた。
菜々香が言わんとしていることが理解できた私は恥ずかしくて、行動に移すのを渋った。手のかかる私に、温厚な菜々香も辛抱しきれなくなったのか、小さな声ではっきりと言った。
「言わなきゃ、わかんないことだってあるんだよ」
普段あまりコミュニケーションが得意ではないだけに、その言葉がグサリと突き刺さる。
いつも友梨奈から行動を起こしてくれているけど、本当は私だって。
側にいたい。抱きしめたい。キス、したい。
丸め込んだ唇を開ける。
恥ずかしいけど、言わなきゃ。
「友梨奈ちゃん……」
背も伸びてきて、生意気になって、大人っぽくなって––––。
難しい年頃なのか、冷たかったり、と思いきや衝動的に求めてきたり。感情の起伏の激しいところも、全てが愛おしい。
私はポンコツだから、友梨奈ちゃんを支える力にもなれなくて、むしろ足を引っ張ってるかもしれないと悩むときがある。それでも、私にできること……。
(友梨奈ちゃんの全てを受け止めるよ。だから、もっと甘えていいんだよ––––)
「好きだよ」
(弱っているところも含めて、好きだよ)
言い終わったあと、恥ずかしさのあまりに目をぎゅっと瞑った。
「私も––––好きだよ」
友梨奈の返事と同時に通話が終わり、受話器のアイコンに“6分”が表記された吹き出しが、ピロンと音と共に現れた。
たった6分間のデート。それでも、胸がときめいてやまない。
(友梨奈ちゃんが元気になりますように)
スマホを胸に当てて、祈りを込めた。そんな私の様子を見守ってくれた菜々香は、頰にエクボを滲ませて「この、この~!」と羨ましそうに揺さぶってきた。
「ぺー! 突っ立ってないでさぁ、参加するとかしないの?」
自由行動なのに自由行動に参加していない私に、不機嫌な様子の茜に慌てて笑顔で返して、エアホッケーに向かった。
この後、何度もホッケーをスカして、茜に体育会系のノリで「真面目にやって!」と怒られても、へっちゃらなくらい幸せでいっぱいだった。