「わかってるでしょ? 私は、汚れた女なの。もっと他にいい女性が……あっ」
美しい容貌にどこか薄幸さが漂う女性の言葉を遮るように、ハンサムで誠実そうな男性が強引に女性の手を引く。両者の顔が至近距離になる。
「関係ない」
そう言うと、骨ばった手が女性の顎に置かれた。少女コミックでよく見られる、顎クイというやつだ。
「おまえをもらう」
この言葉に女性は観念したように、目を瞑る。男性の顔が近付き、唇と唇が重なり合う。
「ああああぁぁ~っ!」
悶絶のあまり、兄譲りの奇声を漏らしつつ後ろに倒れた。それと同時にテレビ画面が恋愛劇場から洗剤の広告に入った。ベッドの反発力で1回バウンドする。
私は今、月9ドラマの最終回を観ている。こうみえて私は結構ロマンチストだ。というのも、これまで恋愛らしいことはあまりしてこなかったからかもしれないが。
相手のハートを掴む事は大の得意だと自負しているが、掴まれることに怖気ついてしまう私は、恋愛を今日までずっと傍観者として楽しんできている。
CMが終わり、ドラマが再開すると私は高速で起き上がる。
「御義父様! どうか、こころを嫁にください! 幸せにします!」
(この俳優、雰囲気が平手に似てるんだよなあ……)
特に、鋭くてまっすぐな瞳。平手がスイッチが入った時のあの瞳を思い出す。最初見たときに心を奪われた瞬間から、私は気付くと平手のとりこになっている。悔しいけど、モードに入っている平手を見てると、どきどきしてしまう感覚は嫌いになれなかった。ここまで奮い立たせてくれる存在は初めてだった。
嗚呼、絶対に平手を超えたい。彼女から、センターの座を奪いたい。その時は平手にも是非、この気持ちを味わってもらいたい。
ドラマはクライマックスに入った。
「こころ、俺はおまえがいないとだめなんだ」
(だめだめぇ、こういうのキュンキュンする……)
なんだかこっちまで恥ずかしくなって、抱えていたぬいぐるみに唇を埋める。
「これからもずっと……側にいてくれるか?」
「はい……っ!」
お互いの愛を確かめ合うように、深いキスを交わす。そこでスタッフロールが流れ、今話題の月9ドラマは幕を閉じた。王道中の王道恋愛ドラマだった。
「はぁ~」と大きな溜息を漏らして、また後ろに倒れる。
ドラマの余韻から抜け出せない私は、いつの間にか空想の世界に浸っていた。場所はドラマと全く同じ、海辺だった。
「平手、だめ。 私はもう汚れた女だよ。他にもきっといい女性が……」
相手に背を向けながら悲壮感溢れる雰囲気を醸し出している美しい女性は、言うまでもなく私だ。おっと、そこの君「この女優なんかちんくりんだね」とか言わない。
そして、後ろから少し強引に抱きしめてくる平手。
「関係ないよ。 私にはもう、ゆいしかいないんだから」
私は涙をこぼすまいと唇を噛んでいる、予定だ。平手は私を向き合わせると、顎に手を置いてきた。
「ゆいは、私がもらうって決めてるから」
(……って、なぜ、私と平手をドラマに当てはめてるんだ! 自分!?)
冷静になると、相手は一応同性で、しかも中学生だということを思い出してまるで、微ロリコン気味じゃないかと我に返った私は頭をぶんぶん振り回して空想と邪念を振り払った。
もしかして、こんな空想をしちゃったのも、平手がフタナリになったせいだろうか。
窓の向こうを見てみる。漆黒の夜空にポツンと満月が浮かんでいた。
この同じ時間に、平手は今、なにをしているんだろうか。もしかしたら、私と同じくドラマを観ていて、同じくときめかせているのかと思うと、可愛らしくてまたもだえた。
今にでも「どこでもドア」で貴女のところへ行って抱きしめたい。
代わりにぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめた。前は仕方なく入った欅坂46の活動が憂鬱だったのが、今は貴女に会えることが楽しみで仕方なかった。
早く、明日にならないかな––––。