初めてのMステは長いようで、あっという間だった。アイドルの最大の武器である笑顔もままならない状態で、ステージに上がりお辞儀する。緊張のせいか、タモリとのトークすら記憶になかった。幸い、自分のトークの出番はなく、ホッとしてしまった自分が憎い。
私の記憶は早送りどころかチャプターをスキップしているように、気付けば「サイレントマジョリティー」の披露となった。
笑っても泣いても、勝負は一回きり。キメるしかない––––
心にそう鼓舞することで、緊張から集中へと移行させる。隣の愛佳を一瞥すると、全くのポーカーフェイスで平然としていた。
(愛佳は本当に、憎たらしくて、頼もしいな)
Mステ放送も無事終わり、ステージから降りると、ねるがメンバー一人一人に「お疲れ様です」と労いの言葉を贈っていた。サイレントマジョリティーを歌う私たちを、裏から見守るねるのことを思うと心が少し痛んだ。
楽屋に戻り、メンバーたちが帰り支度を始める中、私はねるにある物を放り投げるように渡す。
「あげる」
私からのパスを受け止めたねるの手には、ティッシュ箱があった。Mステに出演したアーティストのみが貰える景品だった。
「あっ、有難うございます」
「MUSIC STATION」の文字がプリントされたティッシュを眺めながら言う。
「私の分まで取ってきてくれたんですか?」
尋ねてきたが、私はなんとなく返さなかった。
「次は……私もゲストとして貰いたいな、なんて。頑張らなきゃ」
ねるは笑顔を浮かべているが、瞳の中に炎が灯っているのを私は感じた。
「少ししたら、一緒に歌える時が来るだろうね」
ねるに背けたまま、荷物をまとめはじめる。
「そうでしょうか? でも……」
「ねる可愛いから」
ねるの言葉を遮る。可愛いというのは覆しようのない事実だ。そして、次のシングルではねるも入れてくるだろうという確約に近い雰囲気が漂っていたというのも事実であった。
「そんな……でも、理佐さんに言われると嬉しいです」
「敬語じゃなくていいよ、同い歳でしょ」
同い年のねるが敬語を使って話しかけてくることに、ずっと違和感を感じていた。たとえ、仲良くなかったとしても、気遣われるのが苦手な私は提案する。
一拍置いたのち、小悪魔めいた答えが返ってきた。
「私のこと嫌いじゃなかったんですか? もしかしてツンデレだったりして?」
目の前に置いてあった鏡を確認すると、ねるはコケティッシュな表情を見せていた。
「調子乗ってんじゃねぇーよ」
振り返ってねるの頭をどつく。どつかれたねるは、えへへっと目をなくして笑っている。
ねるが初めて私たちに姿を見せた時。まだ気持ちの整理が出来なかった私たちは、ねるが猿腕を披露した時、「なんなんだこいつ?」とばかりの視線を浴びせた。それでも、ねるは懸命に笑顔を作っていた。ねるの方だって不安だったに違いないのに。ねるは笑った方が可愛い、ということは知っている。テレビの裏では泣いてばかりだから。
大人にならなきゃ。私––––