心の憂さを忘れさせてくれるかもしれないと期待して、ひらがなけやき46の様子を見にスタジオに寄ってみた。
新米アイドルが勢揃いで溌剌たる様子でダンスレッスンに励んでいる。その中に混ざるねるの姿を捉えた。ねるもひらがなけやきの一員として一緒に汗を垂らしていた。
私は目を背けた。後ろめたさを感じていたのかもしれないし、彼女の眩しさが辛かったのかもしれない。後ろを向けてスタジオを後にした。
芸能界に入ってから1年が過ぎ、ダイヤモンドの原石のような輝きを手に入れるために磨いて磨いて削られてきた私たちとは違い、彼女たちには瑞々しさがあった。不意にも彼女たちの姿に、かつて初々しかった頃の私たちを重ねてしまい、懐古の念に駆られた。
あの頃の皆、そして私。本当に少女だった。
「『鳥居坂46』という名前でオーディションをさせていただいていましたが、チーム名を変更することになりました」
突然のことに悲鳴を上げる私たち。
「日本中の人がこの『欅』という漢字が書けるようになるくらいがんばりましょう」
欅。全21画。今野によると「画数的に最強の運を持つ」そうだ。
私たちは芸能界入りを果たすと同時に「欅坂46」として生まれ変わった。
それぞれのメンバーがカメラに向けて渾身の笑顔を見せると同時に意気込みを語っていった。中にはセンターへの意気込みを語る者もいて、それは決して少なくはなかった。
「乃木坂46さん、AKB48さんと肩を並べていけるくらいのグループにしていきたいです」
「国民的に有名なグループになれるようにがんばりたい」
「乃木坂46さんに負けないくらい可愛くて仲良しなグループになりたい」
「1人ひとりの個性が出る素敵なグループにしていきたい」
私は眩しいフラッシュを浴び、ぎこちない笑顔を見せながらこう言った。
「選ばれたからには一生懸命がんばりたい」
時間の概念が分からなくなるほどタイトなスケジュールに心急くばかりで、私の感情が大海原をたゆたうように彷徨っていく。
積りに積もった宿題をするつもりが、気付いたら過去への旅に夢中になってて、白紙状態のプリントを持ったままぼーっとするだけ時間が過ぎていた。
(よし、踊ろう)