泣き腫れた目をサングラスで隠して、いつもより遅れてテレビ局に到着する。楽屋に入ると、皆が「あの今泉が遅れて来るなんて」と、珍しいものでも見るようにこちらを見ている。メンバーたちの中で由依と視線が合うと、彼女は脇目も振らず、まっすぐ私のもとへ来た。
「ちょっと。話、いい?」
私は無気力に小さく頷いた。
楽屋から離れた人気のない廊下に連れられたところで先を歩いていた由依が振り返り、危うくぶつかりそうになった私に向かい合うと、真剣な表情で静かに私を見つめた。
「佑唯ちゃん」
ちょっと元気がない感じの表情を常に浮かべている彼女が、今は優しげな表情を私に見せている。
「昨日のことは聞かないでおくよ」
ずきんと胸に痛みが走る。昨日のことが蘇って、涙が溢れ出そうになるのをぐっと堪える。「でも」と、私の頰をそっと撫でつつ、目を細めて言った。
「私はなにがあっても、佑唯ちゃんの味方だから」
由依の手は温かくて、目の奥がつんと熱くなった。泣くな、そう自分に命令しても涙を堪えるのはとうに限界にきていた。
彼女は安心させるような、柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「なにがあったら、私に頼って。なんでも全部聞くよ」
気が付くと私はとめどめなく涙が溢れ出し、嗚咽まで漏らしていた。そのまましゃがりこむ私に合わせて、由依も一緒にしゃがんできた。私が泣き終わるまで、由依は黙ってずっと私の頭を撫でてくれた。
今日の収録は選抜発表だった。そろそろ来ていい頃合いとは思っていたが、昨日から情緒不安定だった私は開幕早くも、涙を浮かべていた。
次々と予想通りのメンバーが呼ばれて行く中、2列目の発表に入り、そこで予想外のメンバーの名前を聞いた。
「小林由依」
由依が呼ばれた。予想よりもずっと早く。
(そんな……)
思わず泣き出しそうになる。続いて鈴本も呼ばれた。前回のフロントメンバーの二人が呼ばれたのだ。次は自分が呼ばれるのではないか。
一抹の不安を感じずにはいられなかった。しかし、結局はいつもと変わらないメンツが呼ばれ、フロントの発表に入ったところで私は呼ばれた。そして、次に呼ばれたのは––––。
「志田愛佳」
(志田! あいつが私のシンメ!? 嘘でしょう?)
次に理佐が呼ばれ、最後に残ったのは渡辺と平手の2人だった。
(ダメだ、見てるだけで胸が苦しくなる)
渡辺が平手を気にかけているのか、チラチラと、何度か視線を投げている。ただでさえ、選抜発表で胸がいっぱいなのに、想っている相手とその恋人との相思相愛っぷりを見せられては、たまったものじゃない。見てるうちに辛くなってきた。
渡辺が呼ばれ、最後に呼ばれたのは平手だった。平手は泣いていた。雨に濡れた子犬みたいに心細げだった。
(ああ、抱きしめたい––––のに)
貴女を抱きしめたくても、その資格は私にはない。あるのは、平手の恋人、渡辺だけの特権なのだ。こんな煩わしいことがありえようか。
平手の恋人は慈しむように見守っている。これで確信した。渡辺もまた、平手を想っているのだな、と。
付き合っていると知った当時は、渡辺が単に押しに弱く、流れに任せたまま付き合っているのではないかと思った。というよりは、そう願っていたというべきか。
フロントに残れた嬉しさというより失恋を再認識した悲しみが勝って、なんだかやるせない気持ちになった。
収録後、廊下を歩いていると、この世で一番見たくないものを目撃してしまった。
平手と、渡辺がキスしていた。そのキスは友達同士の遊戯とかではなく、恋人同士そのものだった。私は胸が抉られるのを覚えながら、ふらつくようにその場を去った。
今年の夏は最悪な幕開けとなった。