Branch<中>

 ドアからひょいと見えた松葉杖に私たちは息を飲む。
 そして、眼帯に、腕と頭に巻かれている包帯、点滴スタンドを連れている私が現れた。規定外の私の登場に、私たちは慌てて怪我人を労わるように席へと誘導した。
 私がボロボロになっているのは見ていられないものがある。DV疑惑が過ぎる。そんな酷いことするやつがクラスメイトにいただろうか。信じがたい事実だ。
 病人の私に、障りないよう気遣って現状説明と自己紹介をする。よろしくな、と遠慮なく病人の私の肩を叩いた志田理佐の頭を、守屋理佐が叩いた。

「仕事は今入院しているので休職中で。恋人は、小林由依です」

 私たちは絶句した。あの、おっとりとした無口で大人しい子がこんなことをするなんて。
 婚活コンビが「そういえば、あの子ってヤンキー疑惑あったよね?」「なんか、キレたらやばそうな雰囲気はあったよね」と、小声でコソコソし始めたのを小林理佐の耳に入ったのか、不機嫌そうに口を挟んだ。

「ちょっと。由依は殴るようなことしないよ。むしろ優しいんだから」

「あっ、ごめんなさい」

「違うんです、心配になったので……」

 病人らしからぬ威圧感に圧された婚活コンビはしどろもどろに弁解した。

「差し支えなければ、その怪我は一体どうしちゃったの?」

 安心感を与える声でそう尋ねた菅井理佐は落ち着き払っていた。流石、姉さん。

「由依ね、さげまん体質みたいで……」

 小林理佐は沈痛な面持ちで語り始めた。

「告白されてOKを出した瞬間、頭に鳥のフンが落ちてきたの。それが全てのはじまりだった」

 開幕早々シュールな展開に、笑っちゃ不味い状況なので皆「お、おう」と神妙な表情を懸命に作って頷くしか出来ない。志田理佐だけは遠慮なく「マジかよやべえな、それでそれで!?」と、ゲラゲラと笑っているが。

「ネット詐欺に、ビットコイン大損に、身内の突然死と、不幸がどんどんと大きくなって……どっかの老人に轢かれて今こんなん」

「呪われてるんじゃないの」

 菅井理佐は寄り添うようにして、小林理佐の太ももをさすっている。小林理佐は「私もそう思って」と続けた。

「霊能者には100体以上の霊に取り憑かれていると言われて。イタコを呼んだんだけど、奇声をあげて死んじゃった」

 小林由依の脅威の不幸体質に畏怖いふする私たち。

「疲れちゃった……」

 小林理佐の何気無い呟きが「憑かれちゃった……」に聞こえて、そうじゃないと理解するのに時間を要してしまった。

「由依さ、ブログでアクセス数を稼いでて、ブログだけで生きていけるぐらい有名ブロガーなんだけど」

 皆してごくり、と話の続きを待つ。
 小林由依は決してクラスで特段目立つ子ではなかったが、色々と才ある子で注目を置かれていた。特に、文才があり、彼女が出した作文はよく受賞していたものだ。

「ブログに書かれた人や企業が不幸に陥ってるんだよね。だから、デスブログって。第二の東◯亜希って呼ばれてるんだよね……」

 唯一、怪我していない左手でスマホを取り出す。利き手じゃない方だからか、操作にやや手間取ってる様子だ。隣にいた菅井理佐の補助を受けて、ようやくスマホ画面を私たちに向けた。
 「ゆいぽんですが?-日常と、たまに、ノロケ-」というタイトルのブログだった。噂のデスブログにしては、普通のよく見かけるブログと何ら変わりない。

「ちょっとちょっと見せて!」

 我々は性急にスマホを取り合っては、記事を開いていた。「他人の不幸は蜜の味」が私たちの好奇心を刺激したことに残酷さを覚えつつも、私も一緒に確認する。
 ファーウェイ、日産、吉本、NGT48、京都アニメーション、小室圭、プリウス、武漢……いずれも記事が事件が起きる前の日程だった。

「信ぴょう性は高そうね」

 と、菅井理佐は頭痛を感じたように頭に手を当てて、こう言った。「ペンは剣より強し、ってこういうことを言うのね」

「言霊の力舐めたらあかんで。ネガティブな言葉を使うことによって悪いエネルギーを引き寄せているという考えは……いや、他者からの『不幸を呼ぶ体質』というラベリングによって生み出されたものという可能性も……」

 なんか米谷理佐がブツブツ言ってる。眼鏡の奥にある眼には、恐怖半分、楽しみ半分、といった感じで爛々と輝いているのが伝わった。

「ちょっと、貴女のことばかり書いてるじゃない! 止めさせなさいよ!」

 確認したら、確かに彼女に関する記事が圧倒的多数だ。しかも、最後の記事は公園にある車の形をしたスプリング遊具に乗っている私の写真に「いつか車をプレゼントしたいな」というコメント付きだった。これは確定的だ。
 守屋理佐の的を射たツッコミに、志田理佐は大爆笑。正直、あまり笑い事ではない。
 恋人に愛を降り注げば降り注ぐほど、恋人の身に厄災が降りかかるのだ。なんたる皮肉か。愛を綴ってる恋人が呪いの元とは、まさに灯台下暗しとはこのことだ。

「ご、ご愁傷様……」

「ちょっとやめ、マジ苦し、超ウケるんすけど!」

 空気を読まないことに定評がある志田理佐は、不謹慎にも顔を真っ赤にして涙を浮かばせながらヒィヒィいっている。

「その怪我じゃあ、夜は厳しい感じかな?」

 もはや、御家芸となりつつある米谷理佐の夜事情インタビュー。小林理佐のは流血沙汰になりそうで、下手したら新聞に載りかねない気がする。エロのエの字すら全く期待できそうにない。

「病院にお見舞いに来た時、その、流れでやったんだけど、イッた瞬間に記憶飛んで……私の心電図がピーピーなっちゃって緊急電気ショック受けたみたい」

 腹上死しかけたエピソードに羨ましいと思うべきか、恐ろしいと思うべきか……いずれにせよ、小林理佐とのセックスは命懸けらしい。

「小林さん殺しにかかってるわね……!」

 なんて恐ろしい子なの、と守屋理佐は身震いを一つした。

チリン

「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃい」

 ドアベルが鳴ったのを、私たちは「勘弁してよー」と、嬉しそうに言った。やれやれ、と私は思った。

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