Branch<上>

 夢からめる。なんか重たいなと思ったら、私の上で彼女が馬乗りしていた。生まれたままの姿だ。それは私も一緒だった。

「理佐、おはよ」

 返事代わりに、ねるの頭を撫でる。彼女のチャームポイントである垂れ目が、より垂れた。
 高校時代に大胆告白をしてきた女の子と付き合って早6年。当時、自分で言うのもあれだが、ビッグカップルの誕生ということで我が校の伝説として未だに語り継がれている。
 無理もない話じゃなかろうか。当時のねるはアイドルをやっており、私は専属モデルをしていた。お互い、世間にも名が知れていた(ねるの方が知名度は高い)ため、高校では注目の的となっていた。そんな私たちが付き合うわけだから、同級生たちからは我が校自慢のカップルだと褒め称えられている。正直、しんどい。

 倦怠期というか、マンネリというか。もどかしい時期に突入してしまっている。一番の原因はこいつの浮気疑惑だろう。

「理佐の匂い、むちゃ大好き。むらむらしちゃう」

「ん、もう……ねる。くすぐったいって」

 それでもなおズルズルと付き合っているのは、なんだかんだねるにほの字だからだろう。ねるが私の首筋にキスを投げてくるだけで私はいともたやすく濡れてしまう。「私、なにやってんだろ」と疑問を私自身に投げかけるも、次第に頭がぼんやりしてきて、考えることを放棄しちゃう。このパターンの繰り返し。彼女はなかなか私を手放してくれない。


「こんにちは。ケヤキニュース46です。今日もよろしくお願いいたします。まずはこちらのニュースです」

 風呂からするシャワーの音を聴きながら、ニュース番組を見る。ニュースキャスターの右上に、黒い羊とH 文字が組み合わさったロゴが表示される。

「社会運動団体『黒い羊』のリーダーから新たな声明が届いています。お届けします」

 ニュース画面はビデオ画面に変わり、黒い羊の被り物を被って、団体のロゴが目立つパーカーを着た男性らしき人が個性を殺したような声で喋り始めた。
 デモを繰り返しては怪我人も出している過激な団体リーダーは、この決まり文句から始まる。

 君はイエスというのか––––。

「僕はイエスと言わない。首を縦に振らない。周りの誰もが頷いたとしても、僕はイエスと言わない。絶対沈黙しない」

 イカれたメッセージなのに図星を指されるようなのは何故なんだろう。思わず溜息が漏れる。シャワー音が頭の中でこだまされるようで、コメンテーターが『黒い羊』の声明に対する意見を出していたが全く耳に入らない。

 ねるのことを整理しよう。まずは、スマホを二台所持しているという点について。シロ? クロ? 彼女曰く、仕事用とプライベート用に使い分けているだそうだが、絶対に違うと思う。これはあれでしょ、クロ!
 二つ目。予定がずっと入っているということだ。うーん、クロ!
 三つ目。帰りが遅い日は決まってシャワー後の香りがする。ジムに通っているからと言っているけど、痩せたような痩せてないような、変化が全くわからないのは恋人失格だろうか。仮に痩せたとしてもそれはセックス効果によるものだから、笑えないし嬉しくもなにもない。クロ! ……はぁ。

 ねるは週刊雑誌のお世話になることも少なくはなかったけれど、それでもねるの無実を信じてたし、3流雑誌に「手相によると淫乱の線が見えます」と根拠もないこと書かれたってヘッチャラだったのに、今となっては不安を覚えるばかり。

 私とてモテないわけではない。こう見えて、かつて表紙を飾っていた女だ。言い寄ってくる男たちに帯を解かせてやらずに、身も心もねるに操を誓った。それなのに、貴女は帯を解く相手がいる。……かもしれないなんて。お陰で私の乙女心とプライドはズタズタ。

 しかし、私も人のことを言えない。最近、浮気みたいなことをしている。身体の浮気ではない、心の浮気だ。
 卒業前に誕生したビッグカップルな私たちを、複雑な感情を込めた眼差しで見つめるあの子。私の心に今だに残る、楽しかった高校生活での唯一の切ない記憶。

もしも、あの時、尾関を選んでいたら––––。

 ifの世界を空想するようになっていた。きっかけはねるとの辛い現実からの逃避だった。
 きっと、尾関は浮気なんてしない。ねると違って平穏で安定した生活を送れていたはず。私はいつのまにか、過去の思い出に存在する尾関に恋情のようなものを抱いていた。全く、ガキのすることなのに。

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