小説家からの贈りもの

私と織田が最後にした日から一年が経とうとしていた。もうすぐクリスマス。世界中の人たちが大切な人たちと笑顔で過ごす特別な日だ。しかし、我らセックスレスカップルには無縁のイベントだ。
頭からかすかな期待を追い払い、諦観ていかんの域に達しつつある私はいつも通り家事をこなしていた。その時、まさかの奇跡が起きた。

「温泉行かない?」

織田が珍しく提案してきたのだ。私はまばたきをして、織田を凝視する。

「どうしてそんな急に」

もちろん異論はないのだが、思わず尋ねてしまった。私が驚くのも無理ないだろう。何故なら、いつもは私からデートを提案しても面倒だからいいよ、と一蹴いっしゅうされてきたからだ。

「え、だってうちらの記念日じゃん!」

私に触れないどころか他の男とのセックスを冷静に観察できる織田が、記念日を覚えてくれたことに、故障中だった恋の歯車が稼働かどうしはじめる。
目を爛々らんらんと輝かせながら「はい」の2文字で返事した。我ながら単純だと思うが、仕方ない。嬉しいのだから。

 

 

しばらくぶりのデート、そして、旅行にかなり胸をおどらしていた。新幹線にバスと長時間の移動を経て着いた、私たちの聖夜を過ごす場所––––。
街の至るところからもくもくと白い湯煙ゆけむりが立ち昇っている。硫黄の匂いが冷風と共に漂ってきて、寒いのか暖かいのかよく分からない感覚になる。古めかしい外観の建物が並び、いかにも温泉街の風情であった。デートには渋いチョイスである。古風なクリスマスだが悪くない。
クリスマスイブだからか、温泉街はカップルや家族で賑わっていた。

「見て! 温泉マーク!」

「あ、ほんとだ!」

何箇所に点在する湯のマークを発見しては、女子高生のようにはしゃいで撮影する。久しぶりにカップルらしいことをする、幸せすぎるひとときだった。

 

 

織田がマップを見ながら辿り着いた場所は、蒸気を利用した「蒸し風呂」がウリの温泉らしかった。浴衣に着替えないと入浴できないルールがある、実に風変わりな温泉でもあった。
早速、レンタルした浴衣に着替える。織田より一足先に温泉を味わおうと向かうも、そこには子供用と間違うほどの低い木製ドアが構えていた。中居さんの指示を受けて身をかがめてドアをくぐると、せるような薬草の香りが私を襲う。
床に敷き詰められた薬草の上にごろんと仰向けになって天井を見つめる。1分もたたないうちに、全身中の毛穴からとめどめなく汗が溢れ出てきた。10分間入浴の掟に、気が遠くなる熱さだ。

戸が開かれ、織田が入ってきた。薬草を踏む音を聞いただけで、なぜだか勝手に胸が高鳴りはじめたのだ。白い蒸気でむわっとした視界の中、織田が横になった気配を感じる。
かまのように狭くて薄暗い密室の中で、恋人と二人きり。動悸が激しくなっていく。胸の高鳴りの正体がムラムラと欲情しているのだとわかると、織田のことが無性に欲しくなってしまった。息苦しさを覚えるほど発情していた。
いよいよ呼吸がくるしくなってきた頃に。

「鈴本さん、10分経ちました。お上りください」

中居さんの声によって、獣になりそうになる意識から引き戻された。慌てるように立ち上がったせいで、低い天井に頭を思いっきりぶつけてしまった。ゴチン、と鈍い音が響き渡る。

「なにやってんだよ、美愉~」

仰向け状態の織田が呆れ笑いを浮かべていた。

(くそぅ、人の気も知らないで)

先ほどの一撃で視界に星のような何かがチカチカするのを堪えながら、やっとの思いで出ると、凄まじい開放感を覚えた。浴衣は汗でぐっしょりと濡れている。

「織田さん、10分経ちました。お上がりください」

後ろの方で中居さんの声がすると、織田が低めのドアから出てきた。
久しく見ていなかった織田の汗だくの姿を見て、身体中の血が一気に沸騰した。自分でも引くほどの劣情をもよおし、体温が急上昇する。喉が急速に渇いていく。

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4件のコメント

  1. いつも読ませていただいてます!
    寝る直前に読んで目が冴えました笑
    自分が見つけられてないだけかもしれませんけど、オダナナの裏って意外と(?)少ないのでめちゃ嬉しいです笑

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    1. >risco さん
      はじめまして!
      あらあら……寝不足にさせちゃってごめんなさい♡フヒヒ
      確かにオダナナの裏あまりないですよね!と自分も思ったので、今回書かせて頂きました!喜んで頂けたなら光栄です。
      引き続き、宜しくお願いします(^^)

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  2. いつも読ませていただいてます。
    『もう他の男性の躰では満足させないように、彼女を情慾を火だるまにする—-』この一文に痺れました!
    歪んだ深すぎる愛、良いですね。
    それもまたオダナナとスズもんらしいかなと。
    最高な作品をありがとうございます‼

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    1. >sysm さん
      いつもありがとうございます。

      あああ、それはですね。実は、作中ですずもんが音読している文は実在している官能小説から引用しているんですね。とはいえ、丸ごとは流石にマズイのでちょこちょこいじってはいますが。・・・ということで、いずれ自分も痺れるような文が書けるように精進します!

      歪んだ愛が好みでしょうか?実はそのネタも温めてあります!いつかは出しますので、その時はぜひ、悶えてくださいませ♪
      ありがとうございます、そう言っていただけるなんて光栄です!

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