こじらせ系女子

週末明けの気分は憂鬱ゆううつだった。
昨晩は私の部屋の窓の向かいにある隣の家の窓の向こうで、きっと淫らなことが繰り広げられているだろうと、思うと悶々もんもんとして眠れなかった。カーテンは固く閉められていたが、それがかえって妄想を膨らますのであった。こういうことは日常茶飯事にちじょうさはんじで慣れてるはずだったのに、昨日は一段とイラついてしまった。女の子の日じゃないはずなのに。

大人になったら余裕が生まれると思っていたのに。余裕がない自分がどんどん嫌いになる––––。

身支度みじたくしながら、コーヒーをれようとキッチンに向かった。吊り戸式の食器棚を開けて、コップを取り出そうと棚の中を覗き込む。デリケートな思い出が潜んでいることを忘れて。
皿とグラスと、多くない食器の奥で、ひっそりと佇んでいるヒビ割れだらけのマグカップが目について、私は胸がいっぱいになった。

(どうして、またそうやって、思い出させるの––––)

はぁ、と小さくため息ついて、綺麗なコップを取り出して棚を閉めた。

 

 

 

いつものように30分前に出社して仕事モードに切り替えると、課長が声掛けてきた。

「守屋君。先週のプレゼンだが、取引先がね凄い感心されてね。結構な評判だったよ」

「本当ですか!」

自分は根っからの仕事人間だなと思う。評価されたことが純粋に嬉しくて爛々らんらんと目を輝かせた。

「これからも期待してるよ、頑張ってくれ」

「ありがとうございます! 全身全霊ぜんしんぜんれいで頑張る所存です!」

背筋を伸ばして威勢良く答える。

「はは、頼もしいな」

私は一流の大学を卒業した後、名を知らぬ人はいない大手企業に就職した。入社式でも新卒代表として挨拶した。以来、仕事を能動的にこなしてきて大きな案件まで任されるようになった。仕事は好きだ。正当に評価してくれるから。

今日も大きな会議が終わり、ひと息つきにお手洗いに向かうところで、廊下で雑談にたむろっている同僚二人の姿が見えた。業績はあまりよろしくないと、評判の二人だった。おしゃべりしてる暇があったらさっさと働いたらどうかしら、と心の中で小言を言いながら通り過ぎると、二人の声のトーンが変わった。

「お、今の守屋だぞ」

「噂のスーパー新人? すっごい美人やなぁ」

「えーでも、俺なんか無理。女として見れないっつーかさぁ」

「あーわかるわかる」

「すっげえ厳しいんだよな、浮気したら殺すタイプだよありゃ」

(聞こえてるんですけど! 第一、なんで浮気する前提なの!? 全然パッとしない格下のくせに!)

 

 

 

金曜日は会社の飲み会だった。面倒臭くて参加を躊躇ためらったが、仕事の一環として渋りながら参加した。大きな案件が無事成功した勝利の美酒に呑まれたお陰で、無礼講の酒宴となった。女手が少ない部署だからか、男性陣が馬鹿みたいに盛り上がっている。

「最近ね、飛田天地に行って来たんすよ。すごく良かったっす!」

顔を真っ赤にして酔っている同僚が下卑げびたトークを始めた。

「お前、そんなんだから彼女が……」

先輩が苦笑しながら軽くたしなめると「彼女いますから」とか自慢しだした。私は懸命に作り笑顔で相打ちする。本当は今すぐにでも不実なそいつを、背負い投げしてやりたい勢いだった。

「酷くないですかぁ~? 彼女さん、かわいそ~」

書類の判子押しすら出来ない無能のくせに職場のアイドルともてはやされている子が、媚びた口調で言う。

「あのねぇ。男は皆、風俗に行ってるよ。それに、風俗は浮気じゃないよ。ねぇ~!」

同僚が男性陣に同調を求めるように言うと、がはははと笑い出した。ちょうど、女性のウエイターさんが酒を運んで来た。まあまあ可愛い子だった。酒を運び終わったウェイターさんが個室を後にすると、同僚はいきなり後背位の仕草をしだして「あの女とやりてえ~」と叫んで皆の笑いを誘っている。無能男の話に耳を傾けるだけ無駄。頭ではそう思っていても、ムカムカせずにはいられなかった。

(不潔! なんて不潔なの!)

苛々が募るあまり、気分が悪くなった私は一回席を外した。お手洗いに向かうところで先週の週末での出来事を思い返す。

皆、恋愛をエキサイトしている中で取り残されている私。
誰かが言った。「女のステータスは“顔”と“若さ”」だと。
そのまま年を重ねていくだけで一日一日が過ぎ、女としての価値が下がっていくまま。

最後は茜、お前だぞ~とっとと卒業しろ––––

平常心を保とうとすればするほど、心は乱れるばかり。慌てて蛇口を捻るが、勢いよく水が飛び出してきてスーツを濡らした。

(やばい、やばい––––)

焦った私はお手洗いから戻り、下品な男性たちを相手にするのをやめて、テーブル上に無造作に置かれている酒を片っ端から一気に空けはじめた。

(私、このままずっと“処女”でいる気なの?)

そこで友香の顔がちらついた。

(ああ、なんでまた友香の顔が浮かぶの! 早く、忘れなきゃ––––)

皆どんちゃん騒ぎする中で、私は決意をして独り言を呟いた。

「決めた」

 

(“処女”を卒業する!)

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